dancyu2011年3月号特集
永山本家酒造場「貴」 純米吟醸 山田錦
「貴」は、わが家の食卓登場回数一、二を争うお気に入りだ。まろやかな味わいだが、決して単調ではない。輪郭のはっきりとした締まった味だから、幅広い料理をおいしく引き立ててくれるのだ。
「粗削りですが、発展途上の魅力がありましたね。その後、年々バランスも良くなり進化した。今では最強の食中酒ですよ」とは、居酒屋「吟吟」店主の石橋正之さん。実は、石橋さんとは2003年、dancyu日本酒特集の試飲会で同席し、「貴」を飲んだ。試飲の席で「造っている人に会いたい!」と叫んだ石橋さんは、その2週間後には蔵を訪問したという。
今回は、「貴」に合わせてがんもどきをつくってくれた。これも「貴」の地元、宇部の魚介のすり身やだしを練り込んで、旨味をたっぷり効かせた一品。料理まで「貴」をイメージしてつくるほど、惚れ込んでいるのだ。なぜそこまで人を魅了する酒を造ることができるのだろうか。
「9年前は漠然と良い酒を造ろうとしていただけでした」とは、造り手の永山貴博さん。山口県宇部市にある永山本家酒造場の四代目社長、義毅さんの次男で、2001年から杜氏を務めている。試飲会で飲んだのは、杜氏2年目、27歳のときのデビュー仕立ての作品だったのだ。
永山さんが食中酒を意識したのは3年目から。きっかけは大阪の酒販店「山中酒の店」を訪ねたとき、社長の山中元康さんが発した「メシがまずくなる」の一言だった。
「その後、社長は他の酒をポンポン開けていくんです。飲み比べて驚いた。僕の酒は香りプンプン、甘味はムンムン。確かにこれじゃ、料理に合わない。吟醸香が立たないと上質な酒として認めてもらえないと思い込んでいたんです」
永山さんも蔵の中で試飲はしてきた。だが、料理と合わせて味わってはいなかったのだ。それからはあらゆる酒を精力的に飲み、料理とともに楽しんだ。こうしてたどりついたテーマが"癒しと米味"。ほっと気持ちを癒してくれる純米造りの酒だった。同時に、味の設計として意識したのが酸だという。
永山さんが純米造りで行こうと決めたのは、西日本の酒蔵らしさを追求したいから。西日本は旨味の文化。旨味を出したいなら純米酒が有利だと思った。ただし、旨味だけの酒では味がぼやける。酒に輪郭を与えるのは酸だと考えた。
「酸というと酢を連想しがちですが、僕は、だしに入れる塩のような存在だととらえています。酸は、酒の旨味を際立たせ、メリハリをつける役割をする大切な存在なんです」
( 写真左:日本酒の酸は、だしに入れる塩と同じ。酒に輪郭を与える 。)
酸は大事だが、酸化による濁りを感じるような酸味は不要だ。そこで搾った後で冷蔵保存することを徹底。また製造工程で特に留意しているのは、米を水につけるとき吸水のさせ方。通常よりも、若干水を多めに吸わせて、ふわっとした麹に仕上げ、ソフトなタッチの酒を造る。
「ほっくり感と透明感。相反したイメージを共存させたい。そうなってこそ、わずかな酸でも効いてくるんです」
論より証拠。まずは山田錦を使った純米吟醸から。う〜ん、ソフトだね。米のほっくり感がありながら、締まっている。それまで気がつかなかったが、穏やかな酸が陰で旨味を支えているから優しい印象なのに味が平板ではないのだ。
次は山廃純米 雄町。酵母を添加せず、蔵付き天然酵母で仕込んだ意欲作だ。山田錦より張りのある、くっきりした酸を感じる。胃が刺激されて急激にお腹が空いてきた。たまりません!
蔵元杜氏、永山貴博さん。米の自家栽培も手がけることから、「酒造家」を自称巣している。1975年生まれの35歳。愛称、ゴリさん。見た目はゴツイが、純情で知的なナイスガイだ。お嫁さん募集中。
蒸し上がった米を手のひらで押して、ひねりもちをつくり、蒸し具合を確かめる。
永山さんがめざすのは試飲で唸る酒ではなく、飲んでほっとする酒。燗酒の美味さは別格だ。
「雄町は軟質の米だから味が出るので、若干、酸を効かせ気味にしています。特に山廃の場合は、酸が大事なんです」
山廃純米には自然にわき出た乳酸由来の旨味がたっぷりある。ボディーがしっかりしているから、それを支える酸がないと、でっぷりとした酒になってしまう。従って力強い酸が必要だと説明する。
この山廃純米酒を燗にしてみて、あまりの旨さに涙が出た。すべての味が融合しながら何倍にも膨らんで、大きな球体になったようだ。いわば、上質なだしのよう。思わず、「ああ、おでんが食べたい!」と叫んでしまった。
「どんなシーンで、どんな料理を合わせたら旨いか、映像が浮かぶ酒をめざして造っているんです」と永山さんもうれしそう。なんと、おでんのだしをイメージして造ったとか。どんぴしゃである。
かつては旨味も香りも弾ける酒だった。それは若さの発露でもあっただろう。今は懐の深い、大人の味になった。「吟吟」の石橋さんは「永山君とは刺激し合ってきた良きライバル同士」というが、成長を見守ってきた私は母の気持ち。後は素敵なお嫁さんが来るのを祈っている。
(文・山同敦子 撮影・本野克佳)
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