ナチュラルチーズ専門店 フェルミエ
フランス生まれのカマンベール。数々のチーズが海を渡って日本にやってきた中で、間違いなく愛され度ナンバーワンのその歴史はなんと、フランス革命の時代まで遡る。
パリ市民がバスチーユを襲撃した2年後の1791年、革命騒ぎを逃れ、ノルマンディーのカマンベール村にかくまわれていた司祭の助言をもとに、農婦のマリー・アレルが白カビでチーズをつくったのが始まり。
すなわち、革命がなければ、カマンベールは生まれていなかったかも、でしてよ。ああ、フランス万歳!
一般的な食べ方は、6等分か8等分に切って。あれば、クラッカーなんぞ添えて。クセのないやわらかな風味は、素直に旨い。のですがね、実はもっともっと、カマンベールがおいしくなる秘技が存在する。前置きはさておき、早速、楽園への扉を開けよう。皆さま、ご準備はよろしいかしら。その華麗なる技とは……。
電子レンジで、チ〜ン!
メモのご用意をなさった方がいたら、お許しを。いや、でも、本当にそれだけで、トレ・ボ〜ンな魅惑の世界が広がるのでございますよ。
耐熱の器にカマンベールを入れ、電子レンジで数十秒加熱。するとまあ、どうでしょう、カマンベールはとろっとろに。スプーンですくって口にすれば、まろやかな旨味がふんわり膨らみ、心もとろっとろに。カマンベールってこんなにも豊かな魅力を秘めていたのねと、とあらためて気づかされる。正直なところ、少少味気なかった周囲の白カビもまた塩気とコクを主張し始め、クリーミーな中身と相まって旨さが増す。
扱いは丸ごと、あるいは適当な大きさに切ってと、自由。その際、耐熱皿に入れ、ラップをかけるのもいいのだが、「クロッシュ・ア・カマンベール」という専用の陶器を使えば、より食卓でも映える。
また、マリー・アレルの伝統を継いだチーズのみに与えられる、"カマンベール・ド・ノルマンディー"の名を冠したものを選んでいただくと、一層麗しい。野菜なんぞをつければ、お手軽フォンデュ気分も味わえるが、とろとろを存分に満喫するなら、ちょいとひと工夫すると、さらなる夢心地が拓けるのだ。
というわけで、チーズ好き垂涎の専門店「フェルミエ 愛宕店」店長の村瀬美幸さん、味なつまみでおなじみの銀座「ロックフィッシュ」のバーテンダー・間口一かず就なりさん、乃木坂の「Restaurant FEU」の料理長・松本浩之さん、そして不肖わたくしめが、それぞれテーマをもってオリジナル作品づくりに挑戦。心を自由に解き放ち、カマンベールと遊ぶ至福の時を目指した。
村瀬さんにはまず、おしゃれに楽しむ華麗な作品を披露していただこう。一品目は、ゆでたアスパラガスとロースハムを用意。カマンベールにハムを挟み、アスパラガスを添えてチン。見た目だけではなく、もちろん味わいもまた愛らしい。「品のいいおいしさですね。ハムの塩気が効いてる」と、松本さんがうれしそうに、白ワインに手を伸ばす。
チーズには赤ワイン、が定説だが、とろとろカマンベールの風味は、繊細でやわらか。白ワインやシャンが、絶対的に合う。また村瀬さんによれば、使う素材も同様で、アンチョビのように塩分が強すぎるものは、避けたほうが無難とのこと。ご参考あれ。
作品名「春の芽吹き」
●つくり方 横半分に切ったカマンベールを4等分し、細かく刻んだハムを挟んでから、重ねて器に。軽く塩ゆでして水気をきったアスパラガスとホワイトアスパラガスを適当な大きさに切り、チーズの間に。加熱は90〜120秒。
仕上げに、白トリュフオイルをたら〜り。後はざっくりと混ぜ、アスパラガスにとろけたチーズをからめれば、やさしい甘味が口中に膨らむ。手軽にいくなら、缶詰のホワイトアスパラガスを使っても。
お次はりんごと胡桃、そしてブルーチーズ。「うわあ、おしゃれですねえ。しかもブルーチーズの苦味と胡桃の香ばしさが、いいアクセントになってますよ」とは間口さん。そう、カマンベールだけではなく、ほかのチーズをあれこれ組み合わせてみるのも、味に立体感が生まれて愉快なのだ。
作品名「マリーのお気に入り」
●つくり方 横半分に切ったカマンベールを器に入れ、薄くスライスしたブルーチーズを全面にのせる。周囲には同じように薄くスライスしたりんごを。軽くローストしてから粗めのみじん切りにした胡桃をのせて、90〜120秒。
薄くスライスしたりんごを仕上げに飾れば、出来上がり。食べる際には、飾りのりんごにとろとろの中身をのせると、シャキシャキ&しんなり、甘味&酸味が織り成す妙が、チーズのコクの中で映える。
さて、おしゃれレシピに笑顔がこぼれた間口さんのテーマは、気軽なお酒のアテ。材料は……納豆と福神漬け! 180度の方向転換に、えっ? と怖じ気づいた方もいらっしゃるだろうが、村瀬さんの感動を胸に刻んでお試しいただきたい。「おいしい! 全然、違和感がないのがびっくり。チーズと納豆の味が一つになってますよ。うわあ、福神漬けのシャキシャキ感がまた、いいなあ」
ほんとにほんと。ジャポネスクな傑作。しかも村瀬さん曰く、白カビの菌は納豆菌の仲間。つまり、理論的にも裏づけされた、発酵食品の国際結婚なのだ。
作品名「史上最大のネバネバ作戦」
●つくり方 横半分に切ったカマンベールに、たっぷりの福神漬けと挽き割り納豆をのせ、全体に軽く黒胡椒をふってから60秒ほど加熱。納豆は挽き割りのほうが、チーズと混ぜるときになじみ、香りも穏やかで合わせやすい。
仕上げには青海苔をかけて。納豆とチーズが互いに主張し合うことなく一つになり、ふくよかなおいしさを描く様はまさに驚愕の新発見。日本酒、焼酎、シェリー、ウイスキーなど多彩な酒を受け止める。
一方、ミックスナッツとチョコレートをのせた一品は、カジュアルに見えつつ、ブルーチーズが隠し味となって全体を引き締める、味わい深い作品に。ミックスナッツ効果で、食感のバトルロワイヤルになっているのが面白いのだが、これは間口さんの作戦勝ち。「食感は大事ですね。チョコレートも食感を生かすため、一緒に溶かしてしまわず、後からのせるんですよ」
作品名「チョコちんナッツ」
●つくり方 横半分に切ったカマンベールの上に、小さめに切ったブルーチーズを散らして60秒ほど加熱。その間、粗めに砕いたミルクチョコレートとミックスナッツを用意。チョコレートは大人味よりも、ミルクのほうが120%合う。
熱々のチーズの上に、チョコレートとミックスナッツをのせて、そのままスプーンですくってパクリ。表面が溶けたミルクチョコレートならではの穏やかな甘味が、チーズとナッツの塩気を包み込む。
実は和の珍味で日本酒に合うメニューを、というテーマで思案していたわたくしめも、食感が気になっていた。たとえば粒うにや海苔の佃煮など、チーズとの相性がいい珍味はけっこうあるのだが、一緒にとろりとなってしまうと、いま一つ面白みに欠ける。一升瓶を傍らに置きつつ、なんだかんだと試した結果、選んだのは甘納豆とさきいかである。
ものぐさが考えたレシピゆえ、面倒いらず。まずは、甘納豆をのせて。それでお仕舞いだが、「濃いお茶が欲しくなりますね。カマンベールの塩気となじんで、いい甘味になっていますよ」と、エレガントな村瀬さんのお口にも合ったようだ。外側のカビの部分が甘納豆の甘味を引き立てるのだ、えっへん。
作品名「愛は国境を越えて」
●つくり方 横半分に切ったカマンベールに、甘納豆を敷き詰め、2分程度加熱。チーズを覆っている分、熱が通りにくいので様子を見つつ加熱を。大納言、うぐいす豆、金時豆、白いんげん豆など数種交ぜると彩りロマンチック。
甘納豆が全体的にチーズに半分くらい沈み込み、大納言なら色が少々しみ出る状態まで熱が通ったら食べ頃。甘納豆はほっこりほこほこになってチーズとなじむ。ふっくらした味わいの日本酒とどうぞ。
もう一品は、醤油味のさきいかを。間口さんの福神漬けも同じなのだが、和の材料を合わせるなら醤油や味噌味が洋との橋渡しに……あっ、皆さま、顔をそむけないでシル・ブ・プレ。チーズの水分を含んださきいかは、むぎゅむぎゅ噛みしめると旨味があふれ、名残を柚子胡椒がすっきり払う。われながら技あり、の作品なのでございまする。
作品名「イカさまフランス革命」
●つくり方 横半分に切ったカマンベールに、醤油味のさきいかを細かくほぐしてのせ、90秒加熱。さきいかがしんなりするくらいがベスト。塩味のさきいかしかなければ、酒と醤油をふって少々置いてから。醤油のふりすぎは厳禁。
チーズとさきいかを混ぜ、少量の柚子胡椒をのせて。柚子胡椒の量はお好みで。チーズとさきいかの濃い旨味を、柚子胡椒がすぱっと切る。さきいか御用達の七味唐辛子は風味が強く、避けたほうが無難。
「これ、冷めても旨いですよ。納豆や福神漬けといい、カマンベールの可能性が広がって楽しいですねえ」と日本酒片手に和む松本さんに、最後を飾っていただこう。メインディッシュになるメニュー、というテーマで臨んだ作品の主役は、エスカルゴとロールキャベツ。「溶けたチーズがソースの代わりになって、すべてを一つにまとめている。さすがですね」。
間口さんをはじめ、皆、納得のおいしさ。エスカルゴにはカマンベールとエポワスを組み合わせてコクをもたせ、ロールキャベツはカマンベールの真ん中だけを使ってやさしさを。普通なら手間をかける絶妙なソースが、チーズを電子レンジにかけるだけで簡単に出来上がり、料理をクリーミーに彩る。チーズの部位を使い分けるテクニックも、実にお見事。
作品名「ブルギニョンヌ」
●つくり方 カマンベールを横3分の1にカット。同様にエポワスも3分の1に。カマンベールは上下どちらか、エポワスは香りの高い上部を、切り口を合わせて器に。チーズの上に、ブイヨンで煮たエスカルゴ、ゆでたパスタ、季節の野菜を。さらにたっぷりのエスカルゴバター(パセリ、にんにく、ベルノをバターに混ぜ合わせたもの)、オリーブオイルで炒めたパン粉をのせ、塩少々をふり約3分。
パン粉をさらにふりかけてから、全体的に底からざっくりと混ぜ合わせる。パン粉の香ばしさが、全体を軽快にまとめている。缶詰のエスカルゴを使う場合は、湯通しを。ゆでたツブ貝やサザエでもOK。
店でも「クロッシュ・ア・カマンベール」を使ったメニューを展開している松本さんは、「テーブルの会話が、一気に弾むんですよ」とも。おしゃれ系、ひねり技、ディナーメニューともに、カマンベールの意外な使い方に盛り上がるのはもちろん、加熱したからこそのふくよかな香りに思わず手が伸びる。まるで鍋のごとく、丸いカマンベールを囲んで、人の和が生まれるのだ。
作品名「春のピクニック」
●つくり方 カマンベールを横3分の1に切り、真ん中の部分を器に敷く。チキンブイヨンとトマトペーストで煮込んだロールキャベツ、軽く塩ゆでした季節の野菜、湯通ししたベーコンの細切りをチーズの上に。最後に、残りのカマンベールを適量のせて4〜5分加熱。ロールキャベツには今回、黒キャベツを使用したが、普通のキャベツで可。下ゆでした野菜は、きちんと水気をきって使うのがコツ。
ぐつぐついう状態になったら、おいしさ全開。ロールキャベツを適当な大きさに切り、野菜、ベーコンとも合わせて、とろける幸せを満喫。キャベツやそら豆など、野菜の甘味がチーズで引き立つ。
今回ご紹介したいずれのレシピも、しっかりとろとろになるまで加熱したほうが、食材との一体感が生まれるのは確実。加熱時間はご家庭のレンジによって若干差が生じるが、器が直接手で持てない程度の熱さ、はたまたチーズがふつふつ躍っている状態を目安に。とにもかくにも、いとも簡単なうっとりカマンベール革命、ここにあり! 皆さまもぜひ、思うがままにとろとろカマンベールと遊んでいただきたい。
(文・山内史子 撮影・久保田 健)
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